2007年01月29日

釉薬がけ!

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今日はお休み、頼まれていたスタンドの素焼きが終わり
「釉薬がけ」コンプレッサーで最初に黒化粧土その後、黄瀬戸釉を掛けました。出来上がりが楽しみです。
posted by ふるさとの店長 at 18:27| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月19日

いやはや、勉強不足です。

久留里でお店を始めてから10年目。
「久留里」の由来も知らないなんてもうやだ〜(悲しい顔)
とりあえず、「久留里」地名由来です。
今度は「向郷」も調べてみますね。

八世紀頃の律令制下において、小櫃川流域は、下流域は上総国望陀(もうだ)郡、上流域は同国畔蒜(あびる)郡と区分されていました(しばらくして望陀郡に併合)。今の久留里はこの畔蒜郡のうち、甘木・小河と呼ばれていた土地にあたるとされます。この地がいつ頃から久留里と称されるようになったかは定かではありません。また久留里という地名の由来についても諸説紛々です。

口碑の類を探ると、まず古文書『久留里記』によれば、平将門の三男が浦田の妙見(今の久留里神社)を参詣し、築城のことを祈ると「浦田の峯に城郭を構え、名を久留里城と呼ぶべし」との夢告があったとの記述があります。また久留里市場の福徳山正源寺に伝わるところでは、同寺開山の他阿心教上人が当地に留まり念仏を広めたことから、以後この地が「生き仏様が久しく留まられた里」ということで「久留里」と呼ばれるようになった、とのことです。

その他、川がクルクル蛇行している様子から、などの説があるそうです。

要するによくわかりません(^^;)

ちなみに長崎県西彼杵郡時津町に久留里郷という住所名があるのですが、こちらについては時津町役場の方のお話では、
石がごろごろしている土地だったので「ごろ石」、
それが「ぐり石」に転じ、
さらに「くるり(久留里)」となった、
とのことでした。
posted by にせもろこ

posted by ふるさとの店長 at 23:46| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月10日

趣味のHandmade展

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当ギャラリーにて大好評!の「趣味のHM展」が1月28日まで開催します。ステンドグラスやとんぼ玉、パッチワークなど様々なジャンルの作品達がたくさん集まりました。ぜひ遊びに来て下さいね!
posted by ふるさとの店長 at 23:38| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月04日

明けましておめでとうございます。

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今年は節目の10年目!
スタッフ一同、皆様に楽しんで頂く為に頑張りま〜す!
今年もご来店お待ちしております。

写真は千倉の海と海岸美術館(外観)
お昼のお寿司美味しかった!平成18年12月28日撮影
posted by ふるさとの店長 at 21:34| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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